阿那郷(読み)あなごう

日本歴史地名大系 「阿那郷」の解説

阿那郷
あなごう

和名抄」は諸本とも訓を欠くが、用字から、また平城京長屋王家木簡に「尺太郡穴里大伴志伊俵」とあることからアナであろう。郷名の初出も同木簡で、郡里制をとっていることから八世紀初頭のものである。ただ地名としてのアナの成立はかなり早いらしく、「日本書紀」垂仁天皇三年三月条に新羅から渡来した王子天日槍が瀬戸内海・宇治川を経て「近江国吾名邑」にしばらく住み、若狭を経て但馬に行ったと記す。この吾名邑の近くにはまた「鏡村」があったとも書かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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