陽禄門院(読み)ようろくもんいん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「陽禄門院」の解説

陽禄門院 ようろくもんいん

1311-1353* 南北朝時代,光厳(こうごん)天皇の妃。
応長元年生まれ。正親町三条公秀(おおぎまちさんじょう-きんひで)の娘。建武(けんむ)3=延元元年光厳天皇につかえ,典侍(ないしのすけ)となる。崇光(すこう)天皇,後光厳天皇生母文和(ぶんな)元=正平(しょうへい)7年准三宮(じゅさんぐう)となり,陽禄門院の称号をゆるされた。同年出家し,11月28日死去。42歳。名は秀子。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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