隅田八幡神社経塚(読み)すだはちまんじんじやきようづか

日本歴史地名大系 「隅田八幡神社経塚」の解説

隅田八幡神社経塚
すだはちまんじんじやきようづか

[現在地名]橋本市隅田町垂井

隅田八幡神社境内に所在する経塚。平成九年(一九九七)の正遷宮に伴う境内整備に際して、本殿背後の御廟塚ごびようづかとよばれる所で発見された。経塚は一辺が約五メートルの正方形石垣で区画し、その上の築山には「元中第二乙丑五月 日」の銘を刻んだ宝篋印塔が建つ。「元中第二乙丑」は元中二年(一三八五)

平成一○年度に発掘調査が行われ、石垣内で東西に並んだ三基の経塚が発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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