日本歴史地名大系 「集福寺」の解説 集福寺しゆうふくじ 埼玉県:熊谷市下奈良村集福寺[現在地名]熊谷市下奈良県道太田―熊谷線東側に位置する。曹洞宗、万頂山と号する。本尊は釈迦如来。もと上野太田金龍(きんりゆう)寺末。無本覚心(円明国師)が臨済宗寺院として開山。覚心は永仁六年(一二九八)没という。永正年中(一五〇四―二一)桂室秀芳が中興開山となって曹洞宗に改宗、開基は成田親泰(以上「風土記稿」など)。元徳三年(一三三一)三月五日の熊谷直勝譲状(熊谷家文書)に「集福寺勤行事、代々相続于今無退転」とあるのは当寺のことであろう。天正一八年(一五九〇)五月「武蔵国奈良集福寺末寺共ニ」宛の豊臣秀吉禁制(集福寺文書)が出されている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報