雲頂庵(読み)うんちようあん

日本歴史地名大系 「雲頂庵」の解説

雲頂庵
うんちようあん

もと空山円印の開いた長勝ちようしよう寺の開山塔。同寺は元亨三年(一三二三)北条貞時十三年忌供養記(県史二)にみえ、この法要に三六人の僧衆を参加させている。上杉重能在判円覚寺境内図にもその名がみえ、その背後に「塔」とあるのが当庵かと思われる。同寺は永享二年(一四三〇)七月二〇日の建長寺正統庵門徒連署定書(県史三)にも名がみえ、これによると鬮をもって住持が決められている。この後同寺は廃絶、当庵の地は長尾景仲屋敷となっていたらしい(年未詳八月一六日「長尾景光書状」鎌倉市史史料編二)

寛正七年(一四六六)一月一一日、芳隠省菊は当庵庵主職の規定を制した(「芳隠省菊置文」県史三)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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