青山 三郎(読み)アオヤマ サブロウ

20世紀日本人名事典の解説

青山 三郎
アオヤマ サブロウ

昭和期の映画監督



生年
明治36(1903)年7月2日

没年
昭和56(1981)年10月3日

出生地
東京・芝

本名
望月 幸三

経歴
映画館に勤め、昭和3年牧野教育映画助監督。6年東亜キネマで第1作「悲しき激怒」を発表。7年不二映画で「アメリカ航路」を監督、続いて鈴木重吉と共同で「金色夜叉」を監督。その後日活で「戯れに恋はすまじ」、新興キネマで「自活する女」「武器なき人々」など50本近い映画を撮り、早撮り多作で知られた。16年退社。戦後GHQの教育映画部のプロダクション・スーパーバイザー、次いで米国大使館映画部で同職を務め65歳で定年退職した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

青山 三郎
アオヤマ サブロウ


職業
ピアニスト

肩書
名古屋音楽大学名誉教授

生年月日
大正14年 1月8日

出生地
広島県

学歴
東京音楽学校(東京芸術大学)〔昭和19年〕卒

経歴
永井進、ヘルムート・フェルマーに師事。昭和25年東京でデビュー。35〜37年フランス、スペインへ留学、ジャン・マルタン、アリシア・デ・ラローチャについて修業。42年米国各地でリサイタル。フランス、スペインの近代ピアノ曲を得意とした。上野学園大学、フェリス女学院短期大学で教鞭を執り、のち名古屋音楽大学教授を務めた。

没年月日
平成20年 9月2日 (2008年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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