青山景通(読み)あおやま かげみち

  • あおやまかげみち
  • 青山景通 あおやま-かげみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

1819-1891 幕末-明治時代の国学者。
文政2年生まれ。青山胤通(たねみち)の父。美濃(みの)(岐阜県)苗木藩士。江戸で平田銕胤(かねたね)のもとに入門。書を三好想山(しょうざん)にまなぶ。維新後,明治政府の神祇少祐(じんぎしょうじょう)となり,神仏分離をおしすすめた。明治24年12月11日死去。73歳。通称は稲吉。

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朝日日本歴史人物事典の解説

没年:明治24.12.11(1891)
生年:文政2(1819)
幕末明治期の国学者。苗木藩(岐阜県)藩士。幼名直意。通称は稲吉。平田篤胤の門下に入り,また書を三好想山 に学んだ。明治維新後,神祇事務局,神祇官権判事,神祇少祐を務めた。苗木藩大参事となった長男直道と共に藩内の廃仏毀釈を徹底して行い,政府の神道国教化政策に従って神仏分離を推し進めた。3男胤通は男爵,医学者として名高い。<参考文献>鵜崎熊吉『青山胤通』,常世長胤『神祇官沿革物語』,同『神教組織物語』,『恵那郡史』

(白石良夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

幕末・明治の復古神道家。美濃苗木藩士。通称稲吉。平田篤胤(あつたね)に学ぶ。維新後、官に登用され、神祇少佑となる。藩主以下を神道に帰属させ、廃仏毀釈(きしゃく)運動を起こした。文政二~明治二四年(一八一九‐九一

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