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青岳 せいがく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

青岳 せいがく

?-? 戦国時代の尼僧。
足利義明(よしあき)の娘。天文(てんぶん)7年(1538)下総(しもうさ)国府台(こうのだい)(千葉県)で父が敗死したのち,鎌倉の尼寺臨済宗(りんざいしゅう)太平寺にはいり住持となる。弘治(こうじ)2年(1556)安房(あわ)(千葉県)の里見義弘が鎌倉に攻めいったときつれかえられ,還俗(げんぞく)して義弘の妻となった。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

青岳

生年:生没年不詳
戦国時代の臨済宗の尼。小弓御所足利義明の娘。天文7(1538)年,下総国(千葉県)国府台の戦で,義明が敵対した古河公方足利晴氏北条氏綱に敗死したあと出家。鎌倉尼五山の筆頭太平寺の住持となった。妹にやはり,このときに出家したとみられる東慶寺住持の旭山法暘がいる。弘治2(1556)年,安房(千葉県)の里見義弘が三浦半島に上陸して鎌倉に攻め入ったとき,寺から連れ去られ,そのまま還俗して義弘の妻となった。ふたりはもともと許嫁の関係にあったとの説もある。智光院殿とも呼ばれ,その墓塔と伝えられるものが,千葉県安房郡富浦町の興禅寺と同県館山市の泉慶院に現存する。<参考文献>『足利系図』『新編武蔵風土記稿』,川名登『南総の豪族・里見義尭』,三山進『太平寺滅亡―鎌倉尼五山秘話―』

(牛山佳幸)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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