順正寺(読み)じゆんしようじ

日本歴史地名大系 「順正寺」の解説

順正寺
じゆんしようじ

[現在地名]熊本市河原町

長六ちようろく橋右岸、もとの新古川しんふるかわ町西側にあり、延寿えんじゆ寺が横紺屋よここうや町筋を隔てた北にある。長嶺山と号し、浄土真宗本願寺派、本尊阿弥陀如来。「肥後名僧伝」によれば、開基の慶徳はもと豊後の武士で、出家して西本願寺九世実如から慶徳の法名を賜り、大永元年(一五二一)長嶺山順正寺の山号・寺号を賜った。同年豊後緒方おがた(現大分県大野郡)に順正寺を建立。天文一二年(一五四三)には阿蘇馬見原まみはら(現阿蘇郡蘇陽町)に移り、青雲山龍泉禅寺を結び、次いで益城ましき腰尾こしお(現上益城郡益城町)に在居。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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