日本歴史地名大系 「須磨田村」の解説 須磨田村すまだむら 兵庫県:三田市須磨田村[現在地名]三田市須磨田下青野(しもあおの)村の西、大音所(おおおんじよ)村の南に位置し、西部は天神(てんじん)岳(四四〇メートル)・茗荷谷(みようがたに)山(四二七・五メートル)の連なる山地、東部は大谷(おおたに)山の高原地帯、その間を流れる武庫(むこ)川両岸に狭長な平坦地が広がる。同川は当地で弧状に屈曲する。武庫川上流の上須磨田、下流の下須磨田集落からなる。慶長国絵図にスマタ村とみえ、多城村(大音所村)・畑(はた)村(幡尻村)ともで高四五〇石。正保郷帳では須磨田村とみえ、高三二〇石余。御領分御高付覚(九鬼家文書)によれば、古くは野々倉上(ののくらかみ)村のうちであったが、承応三年(一六五四)に須磨田・大音所・幡尻(はたじり)の三村に分村したという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by