須磨田村(読み)すまだむら

日本歴史地名大系 「須磨田村」の解説

須磨田村
すまだむら

[現在地名]三田市須磨田

下青野しもあおの村の西、大音所おおおんじよ村の南に位置し、西部天神てんじん(四四〇メートル)茗荷谷みようがたに(四二七・五メートル)の連なる山地、東部は大谷おおたに山の高原地帯、その間を流れる武庫むこ川両岸に狭長な平坦地が広がる。同川は当地で弧状に屈曲する。武庫川上流の上須磨田、下流の下須磨田集落からなる。慶長国絵図にスマタ村とみえ、多城村(大音所村)はた(幡尻村)ともで高四五〇石。正保郷帳では須磨田村とみえ、高三二〇石余。御領分御高付覚(九鬼家文書)によれば、古くは野々倉上ののくらかみ村のうちであったが、承応三年(一六五四)に須磨田・大音所・幡尻はたじり三村に分村したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む