類家村(読み)るいけむら

日本歴史地名大系 「類家村」の解説

類家村
るいけむら

[現在地名]八戸市類家・類家一―五丁目・青葉あおば一―三丁目・諏訪すわ三丁目、同一―二丁目の各一部

八戸城下の東隣に位置する。東端新井田にいだ川が北流し、西から南にかけての外縁部を新井田街道(浜街道)が通る。東は川を挟んで岩淵いわぶち村・新井田村、南は田向たむかい村・中居林なかいばやし村、北は小中野こなかの村に接する。

藩政当初は盛岡藩に属した。元和三年(一六一七)の南部利直下知状(南部家文書)に「一るいけ」とあり、同年根城南部氏の給地に編入され、翌四年の知行目録には「百九拾弐石六斗六升壱合 るい家」とある。正保四年(一六四七)の南部領内総絵図に類家村、一四〇石余とあり、同年の郷村帳によれば一四〇・六一七石のうち七二・五七八石が田である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む