飯久保村(読み)いくぼむら

日本歴史地名大系 「飯久保村」の解説

飯久保村
いくぼむら

[現在地名]氷見市飯久保

十三じゆうさん谷の入口に位置し、北は布施ふせ村・深原ふかわら村、南東神代こうじろ村。集落北東に延びる半島状の丘陵の南側の裾野に本村集落があり、光久こうきゆう寺があることから寺飯久保てらいくぼとも称する。対面する丘陵飯久保城跡の裾野北側に垣内城飯久保じよういくぼがある。慶長八年(一六〇三)の前田利長知行所付(「神尾氏等判物写」加越能文庫)に村名がみえ、一七〇石余が改田小左衛門尉などに与えられている。正保郷帳の高八二七石余、田方四八町三反・畑方六町八反余、新田高四九石余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高七九九石・免五ツ九歩、小物成は山役二〇匁・蝋役一匁(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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