20世紀日本人名事典 「飯田祥二郎」の解説 飯田 祥二郎イイダ ショウジロウ 大正・昭和期の陸軍中将 生年明治21(1888)年8月8日 没年昭和55(1980)年1月23日 出生地山口県 学歴〔年〕陸大〔大正4年〕卒 経歴昭和14年中将、16年7月第25軍司令官となり、南部仏印に進駐、同年11月第15軍司令官に転じビルマ攻略作戦を担当。太平洋戦争開戦前日の12月7日、ピブン首相と会ってタイ進駐を認めさせようとしたが、行方がつかめず、8日進駐を強行、タイ軍と衝突した。間もなく首相を見つけ協定成立、進駐を果たした。次いでビルマに進攻、占領して軍政を敷いた。のち第30軍司令官となり、新京で敗戦、ソ連に抑留された。25年帰国。著書に「戦陣夜活」がある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「飯田祥二郎」の解説 飯田祥二郎 いいだ-しょうじろう 1888-1980 大正-昭和時代前期の軍人。明治21年8月8日生まれ。昭和16年陸軍第二十五軍司令官となり,日米開戦に先だってフランス領インドシナに進駐。翌年第十五軍司令官としてビルマ(現ミャンマー)を占領,軍政をしいた。陸軍中将。昭和55年1月23日死去。91歳。山口県出身。陸軍大学校卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by