飯蓋城跡(読み)いいふたじようあと

日本歴史地名大系 「飯蓋城跡」の解説

飯蓋城跡
いいふたじようあと

[現在地名]清和村井無田 六地蔵

井無田いむた城とも称した。井無田集落の西南に位置し、かつては馬見原まみはら(現阿蘇郡蘇陽町)南郷谷なんごうだに(現同郡久木野村など)矢部やべ郷を結ぶ交通の要所であった。「古城考」「国誌」では城主を阿蘇氏家臣の飯蓋光金とする。城の井戸と称する個所が残る。矢部郷にあった阿蘇家の一二城はすべて西面しているが、この城だけが東面していたと伝える(清和村史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む