飽津保(読み)あかづほ

日本歴史地名大系 「飽津保」の解説

飽津保
あかづほ

尾張国国衙領で、文和二年(一三五三)頃以降、山城国醍醐だいご三宝さんぼう院門跡領となり、同年から応永一〇年(一四〇三)までの醍醐寺文書に「飽津高田 八貫文 南禅寺」「飽津大屋 四百文」「飽津本保 一貫六百六十八文」「同金井今村 給人津田中務」「あかづ保 おだのちくぜん」などと散見

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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