養老寺跡(読み)ようろうじあと

日本歴史地名大系 「養老寺跡」の解説

養老寺跡
ようろうじあと

[現在地名]高岡市二上

二上射水(ふたがみいみず)神社(二上山権現)の別当寺で、総山号を二上山、総寺号を養老寺と称した。真言宗。貞享二年寺社由緒書上に、養老元年(七一七)開基で、往古は講堂・鐘楼・堂塔・四十九院など寺数三千八〇〇坊があり、境内は四門を構え、東門は城光寺(じようこうじ)村、北門は太田(おおた)村の渋谷(しぶたに)に、南門は大門(だいもん)村(現大門町)、西門は仁王門で、手洗野(たらいの)村に寛永一三年(一六三六)まであったが、翌年本社前に移したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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