館出村
たちいでむら
[現在地名]富山市館出・館出町一―二丁目・稲荷町三丁目・於保多町・住吉町一丁目・栄町一丁目
富山城下北東端部に接し、北陸街道(巡見使道)沿いに位置する。東は西長江村など。富山藩領。文化年中(一八〇四―一八)に稲荷村出村として村立てされ、古高一一七石余、免五ツ九歩、家数三(大場家文書)。所属組は天保一〇年(一八三九)以降太田組。慶応四年(一八六八)の家数四(うち頭振一)・人数二三(うち頭振一)であった(郡方人別書上帳)。鎮守は現館出町二丁目の中館神明社。
館出村
たてだしむら
[現在地名]岡崎市島坂町
かつては村域西端を矢作川の支流が通り、碧海台地に近接していた。「立出」とも記す。東の坂戸村または西・南隣の上条村・安城村(現安城市)よりの出郷と考えられるが不詳。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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