館迫村(読み)たてはさまむら

日本歴史地名大系 「館迫村」の解説

館迫村
たてはさまむら

[現在地名]東和町館迫

東晴山(ひがしはるやま)村の南に位置し、猿(さる)ヶ石(いし)川中流左岸平地と北上高地西辺丘陵に立地。慶長一七年(一六一二)から天明元年(一七八一)まで土沢(つちざわ)城主江刺氏が村内一二三石余を給されていた(「大図日記」多田文書)。この江刺氏領は独立性をもっていたようで、のち晴山館迫村として分離する。正保国絵図に館迫村五八石余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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