首里観音堂(読み)しゆりかんのんどう

日本歴史地名大系 「首里観音堂」の解説

首里観音堂
しゆりかんのんどう

[現在地名]那覇市首里山川町三丁目

首里城の西方、綾門大(あいじよーうふ)道沿いの万歳嶺(ばんざいれい)と称される丘陵にある。臨済宗妙心寺派慈眼(じげん)院の一堂。同寺の山号は万歳嶺、本尊千手観音。観音堂と通称された。明治まで王府の公寺であった(琉球藩雑記)。「琉球国由来記」「球陽」によると万暦四五年(一六一七)春、のちの尚豊王が国質として鹿児島に赴いた際、父尚久は尚豊の無事帰国を願い、願いがかなえば万歳嶺に寺院を構え観音大士を崇信すると誓った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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