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高倉永康 たかくら ながやす

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高倉永康 たかくら-ながやす

?-1302 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
藤原範昌の子。後嵯峨(ごさが),亀山両上皇につかえる。弘安(こうあん)6年従三位にすすみ,永仁(えいにん)4年正三位となった。京都高倉にすみ,高倉を名のった。正安(しょうあん)4年1月1日死去。

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朝日日本歴史人物事典の解説

高倉永康

没年:正安4.1.1(1302.1.30)
生年:生年不詳
鎌倉時代の公卿。大蔵少輔範昌の子。後嵯峨・亀山の2代の上皇に仕えて信頼を得,後嵯峨院の上北面(院に仕える侍)から破格の昇進をとげて,弘安6(1283)年には従三位に叙され,公卿に列した。また,院細工所の別当を務めた。安嘉門院の死後,鎌倉幕府と交渉を行って,その遺領を亀山院の管領とするなど,大覚寺統の基礎固めにあたっての功労者といえよう。

(本郷恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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