コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

高倉藤平 たかくら とうへい

2件 の用語解説(高倉藤平の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高倉藤平 たかくら-とうへい

1874-1917 明治-大正時代の実業家。
明治7年11月1日生まれ。大阪岸和田で家業の木綿商をつぐ。堂島・北浜で米穀取引所仲買人・株式仲買人となり財をなした。大正元年堂島米穀取引所理事長。浪速火災保険社長,北浜銀行頭取などをつとめた。大正6年9月7日死去。44歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高倉藤平

没年:大正6.9.7(1917)
生年:明治7.11.1(1874)
明治大正期の実業家。大阪岸和田の木綿商の長男。明治33(1900)年大阪市南堀江に両替店を開き株式仲買業を営むが失敗。38年再び堂島浜通りに米穀仲買店を開き株式仲買を兼業。米穀,堂島米穀取引所の株の買い占めで一躍勇名をはせ41年同取引所監査役,42年理事,44年理事長に就任。他に日本冷蔵をはじめ保険,銀行,土地,鉄道など諸会社に関係し経営手腕を発揮した。特に北浜銀行破産整理は好評を博した。41年大阪朝日新聞社主催世界一周旅行時に野村徳七と調査した『漫遊土産・欧米取引所』誌は取引所改善によせた熱意がうかがえる。<参考文献>吉弘茂義『高倉藤平伝』

(津川正幸)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

高倉藤平の関連キーワード岸和田市岸和田城岸和田田の実秋田半三石川藤八寺田甚与茂寺田利吉三国仁兵衛

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone