高天市町・高天市村(読み)たかまいちちよう・たかまいちむら

日本歴史地名大系 「高天市町・高天市村」の解説

高天市町・高天市村
たかまいちちよう・たかまいちむら

[現在地名]奈良市高天市町

高天市は高間市とも書き、近世には高天市町(職人方)と高天市村(百姓方)に分れ、「奈良曝」に「町役廿五軒。地方廿六軒」と記す。南都七郷の一つ穴口(あなくち)郷のうちに「高矢(天)北ノツラ」とあり、西御門(にしみかど)郷の「高矢(天)南ノツラ」(現高天町)とともに高天郷は中世は興福寺寺務の支配下にあった。奈良三市の一つである高天市は、天文年間(一五三二―五五)興福寺の学侶が神供を上すためとして開市し、衆徒筒井順興が市の警備・保護にあたった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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