高島農場(読み)たかしまのうじよう

日本歴史地名大系 「高島農場」の解説

高島農場
たかしまのうじよう

現在の字信取のぶとり近牛ちかうし高島たかしま大森おおもり美加登みかど常盤ときわなどの一帯にあたる。明治二九年(一八九六)実業家で易学でも名を知られた高島嘉右衛門とその子が共同で、利別としべつ川両岸に広がる下利別原野蓋派けなしぱ原野の貸付けを受けて設立した地主制農場。同年六月、嘉右衛門と侯爵尚泰ほか二名が出願して六〇〇万坪の予定存置を得たが、同年八月尚泰ら二名は出願を中止し、高島父子の名義で三〇〇万坪を返却してその余りの貸付けを受けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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