高縄城跡(読み)たかなわじようあと

日本歴史地名大系 「高縄城跡」の解説

高縄城跡
たかなわじようあと

[現在地名]北条市米之野

高縄山(九八六メートル)山頂、現高縄寺境内の山上平坦部の地と推定される。「愛媛面影」「伊予温故録」所載の伝説によると、越智氏の祖の高縄という者が三島宮の神託によってこの山頂を城地と定めたという。以来越智氏の後裔河野氏の根拠地河野こうの郷を守護する重要拠点となった。

吾妻鏡」「源平盛衰記」によると、治承五年(一一八一)源頼朝の挙兵に応じた河野通清・通信父子は、高縄山城において反平氏の旗を揚げた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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