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征西将軍 せいせいしょうぐん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

征西将軍
せいせいしょうぐん

西国平定のために派遣された将軍。藤原純友の乱 (→承平・天慶の乱 ) に際して,天慶4 (941) 年,藤原忠文がこの職に補任されたのが始り。以後,久しく例をみないが,南北朝時代初期,南朝後醍醐天皇が皇子懐良親王をこれに任じて九州に派遣した。

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デジタル大辞泉の解説

せいせい‐しょうぐん〔‐シヤウグン〕【征西将軍】

西国を鎮定するために派遣された将軍。天慶4年(941)藤原純友(ふじわらのすみとも)征討のために藤原忠文が任ぜられたのを初めとする。征西大将軍。→征東将軍

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百科事典マイペディアの解説

征西将軍【せいせいしょうぐん】

古代〜中世,西国(特に九州)を平定するために臨時に任命された将軍。奈良初期の大伴旅人が初見とされる。1338年足利尊氏に攻められて苦境に陥った後醍醐天皇は,一時的和平を策すると同時に懐良(かねよし)親王征西将軍の称号を与えて九州に下し,南朝方勢力の総帥とした。

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世界大百科事典 第2版の解説

せいせいしょうぐん【征西将軍】

古代~中世,西国とくに九州を平定するため臨時に任命された将軍。その役所を征西将軍府と呼ぶ。《続日本紀》養老4年(720)7月の条に征隼人持節大将軍に任命された大伴旅人のことを征西将軍と称したのが初見史料であるが,その後,941年(天慶4)藤原純友の乱を平定するため藤原忠文を征西大将軍に任じ,その下に副将軍,軍監などを配した。 以来久しく征西将軍府は設置されなかったが,後醍醐天皇は九州地方における南朝勢力の拡大を意図し,1338年(延元3∥暦応1)皇子懐良(かねよし)親王を征西将軍に任じ下向させた。

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大辞林 第三版の解説

せいせいしょうぐん【征西将軍】

平安時代、西国鎮撫のために遣わされた将軍。臨時に任命された。941年に藤原純友討伐のため藤原忠文を任じたのが最初。征西大将軍。

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