高頤石闕(読み)こういせっけつ(その他表記)Gao-yi shi-que

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「高頤石闕」の意味・わかりやすい解説

高頤石闕
こういせっけつ
Gao-yi shi-que

中国,四川省雅安県県城東 15kmにある石闕。建造年代は後漢献帝の建安 14 (209) 年と考えられている。大小2つの建物を横に並べた2重闕で,屋根にはそりがつけられ,寄棟造本瓦ぶき。軒は一軒扇垂木。斗 栱 (ときょう) の形式は出組み程度であるが様式化されている。鬼神などの彫刻もあり,装飾過多になっているが漢代の建築を知るうえでは貴重な遺構。なお石闕は石で造った門であるが扉はない。身分によって形式に差があり,一般官吏は単闕,諸侯や太守級は2重闕,皇帝は3重闕となっていた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む