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高麗大蔵経 こうらいだいぞうきょう

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世界大百科事典 第2版の解説

こうらいだいぞうきょう【高麗大蔵経】

高麗で彫板・印刷された大蔵経。高麗で大蔵経の彫板が最初に着手されたのは,第8代顕宗のとき(1020,21年ごろ)で,彼が父母追善のために創建した玄化寺への仏典収集を契機としていた。この事業は多年を費やして,1087年(第13代宣宗時)に完成した。この板木は慶尚北道大丘の符仁寺に所蔵されていたが,1232年,前年から高麗侵略を開始していた蒙古の兵火ですべて焼失した。当時高麗の実質的支配者だった崔氏政権は,蒙古の退散を祈願して,大蔵経板木の復刻を図り,1236年に着手して,51年に完成した。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の高麗大蔵経の言及

【海印寺】より

…現存する大蔵経の版木は,高麗の高宗が蒙古軍退散を祈願して1236年から14年間にわたって完成したもので,もとは江華島にあったが,李朝太祖(在位1392‐98)の時にこの寺に移された。海印寺は数度の火災にもかかわらずそのたびに再建され,また《高麗大蔵経》の版木の保存に努めた。現在同版木は韓国の国宝に指定されている。…

【大蔵経】より

…この大蔵経の下賜をうけた高麗は,11世紀前半に覆刻版を出し,その版木が元軍による兵火で焼失すると,13世紀中葉には再雕本を完成させた。今も海印寺に板木を収蔵する再雕本の〈高麗大蔵経〉は,最良のテキストとして高く評価されている。南宋から明代にかけても各地で大蔵経の雕造が続いたが,明末に新しい形式の袋綴じ方冊本の〈万暦版大蔵経〉が出版された。…

※「高麗大蔵経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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