鬼殿跡(読み)おにどのあと

日本歴史地名大系 「鬼殿跡」の解説

鬼殿跡
おにどのあと

平安中期の貴族藤原有佐邸。「拾芥抄」に「三条南、西洞院東有佐宅、悪所云云、或朝成跡与」と記され、平安前期の中納言藤原朝成邸ともされるが不詳。有佐邸であったことは確かで、「殿暦」康和五年(一一〇三)九月四日条に「依御不例、前斎院御有佐家三条町尻、戌刻許余参、依遅参、参有佐朝臣家参会、不渡御以前余参也」とあり、その場所を三条町尻小路とする。これは「拾芥抄」のいう三条大路南、西洞院大路東が方一町であれば町尻小路西でもあるので一致することになり、その跡地は現三条さんじよう町西、釜座かまんざ町南、柳水りゆうすい町東、西六角にしろつかく町北にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む