鮫河橋谷町一丁目(読み)さめがはしたにまちいつちようめ

日本歴史地名大系 「鮫河橋谷町一丁目」の解説

鮫河橋谷町一丁目
さめがはしたにまちいつちようめ

[現在地名]新宿区若葉わかば三丁目

明治五年(一八七二)に鮫河橋谷町と元鮫河橋北もとさめがはしきた町、および同おもて町の一部を合せ、これに近隣の旧武家屋敷地・寺地を編入して、南半を鮫河橋谷町一丁目、北半を同二丁目に割った。成立時には東は四谷仲よつやなか町三丁目、南から西は元鮫河橋町、北は四谷南寺よつやみなみてら町・鮫河橋谷町二丁目などであった。一丁目となったのは鮫河橋谷町の南飛地、元鮫河橋北町の南部、元鮫河橋表町の一部、元鮫河橋陽光寺もとさめがはしようこうじ門前といった町屋、旧持組大縄地・浅井氏らの屋敷、円応えんおう寺・法善ほうぜん寺・陽光寺の各境内であった。沿革図書によると、町域東部の持組大縄地は、延宝年中(一六七三―八一)にはすでに持組大縄地となっていて幕末まで変化していない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む