鯛名村(読み)たいなむら

日本歴史地名大系 「鯛名村」の解説

鯛名村
たいなむら

[現在地名]延岡市鯛名町・妙見町みようけんまち

土々呂ととろ村の東に位置し、東は日向灘に面する。南部は丘陵を背負って平地が少なく、大半が漁業に従事して漁閑期に農業を行った。海運の便はよかったが陸運は悪かった。

寛永一一年(一六三四)の指出(国乗遺聞)に多伊奈村とみえ、高一四石余。万治四年(一六六一)の延岡藩村高内検高覚では内検高三二石余。元禄五年(一六九二)の延岡藩領郷村高帳写(三浦家文書)では高一四石余、ほかに出高二五石余、新田高一石余、新田出高八斗余。延享四年(一七四七)の延岡藩領郷村高帳では高四〇石余・新田高二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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