鶉野新家村(読み)うずらのしんけむら

日本歴史地名大系 「鶉野新家村」の解説

鶉野新家村
うずらのしんけむら

[現在地名]加西市鶉野町うずらのちよう

田原たわら村の北に位置し、万願寺まんがんじ川と下里しもさと川に挟まれた南北に広がる台地上に立地する。東は中野なかの村。台地のため水利が悪く開発が遅れた。承応年間(一六五二―五五)この原野を摂津国西成にしなり(現大阪府)の住人深江某・塩河某が開墾し、延宝七年(一六七九)一六〇石の新田を開拓し、しだいに人家が増えたので村名に新家の二字を付したという(別府家文書)。元禄郷帳に村名がみえ、高一六〇石余。天保郷帳では高一九一石余。初め幕府領、宝永三年(一七〇六)以降の領主の変遷は西南にしなん村と同じ。当地は巡礼道沿いに位置したため遊廓があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む