鶴市村(読み)つるいちむら

日本歴史地名大系 「鶴市村」の解説

鶴市村
つるいちむら

[現在地名]高松市鶴市町

郷東ごうとう村の南に位置し、東境を流れる香東こうとう川対岸は石清尾いわせお山。天正一二年(一五八四)長宗我部方の香西氏は当地に布陣、由佐氏に対峙した(由佐長宗我部合戦記)。寛永国絵図に村名がみえるが、高は飯田いいだ郷に一括されている。寛永一九年(一六四二)の高松領小物成帳に飯田鶴市とみえ、小物成は塩二七石八斗。貞享高辻帳では高三九三石余。池泉合符録によると上所出水・同川井・長池出水から一九四石余の水掛りを得ているほか、飯田村の上月井・大明神出水・同下井から四四三石余、御厩みまや村の御厩池から七六六石余、岡本おかもと村の奈良須ならず池から七〇〇石余の給水をうけた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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