鶴田松山(読み)つるだ しょうざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鶴田松山」の解説

鶴田松山 つるだ-しょうざん

1682*-1745 江戸時代中期の儒者
天和(てんな)元年12月16日生まれ。鶴田省庵(せいあん)の長男。肥前佐賀藩家老,多久(たく)氏の家臣京都でまなぶ。帰郷して父の跡をつぎ,郷校東原庠舎(とうげんしょうしゃ)の教授となった。延享2年1月15日死去。65歳。名は忠。通称は九郎太夫。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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