鶴重町(読み)つるしげちよう

日本歴史地名大系 「鶴重町」の解説

鶴重町
つるしげちよう

[現在地名]中区錦(にしき)三丁目

伊勢(いせ)町筋、練屋(ねりや)町の南にある。伝馬(てんま)町筋から広小路(ひろこうじ)までと、袋(ふくろ)町筋・本重(もとしげ)町筋・蒲焼(かばやき)町筋・広小路の東西へそれぞれ半丁を町域とした(金鱗九十九之塵)。伊勢町筋は当町までが碁盤割に属し、広小路を越えると道の両側に武家屋敷が並ぶ。清須の新(きよすのしん)町で刃物鍛冶を営む丹羽三左衛門という者が伊勢神宮へ二七度参拝し、夢想によって打物の銘を鶴重に改めた。以後、新町を鶴重町とよぶようになった。慶長年中(一五九六―一六一五)名古屋移動後も鶴重町の町号を用いた(尾張志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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