鷲林寺新田(読み)じゆうりんじしんでん

日本歴史地名大系 「鷲林寺新田」の解説

鷲林寺新田
じゆうりんじしんでん

[現在地名]西宮市鷲林寺町・鷲林寺南町(じゆうりんじみなみまち)・鷲林寺一―二丁目・鷲林寺字剣谷(じゆうりんじあざけんだに)・剣谷町(けんだにちよう)・湯元町(ゆのもとちよう)・北山町(きたやまちよう)・柏堂町(かやんどうちよう)・柏堂西町(かやんどうにしまち)

西宮町北西山中、仁(に)川・夙(しゆく)川の上流域にあり、武庫(むこ)郡に属する。西宮町から有馬(ありま)郡船坂(ふなさか)村へ通じる船坂間道が当地を通る(西宮市史)。この道は丹波方面から西宮町への近道で、近世には丹波地方の酒造出稼人が多く利用した。地名は観音(かんのん)山東麓にある鷲林寺に由来する。観応二年(一三五一)二月二六日には高師直・師泰兄弟が「武庫川辺鷲林寺前」において上杉能憲に討たれている(「園太暦」同月二七日条など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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