日本歴史地名大系 「鹿家村」の解説 鹿家村しかかむら 福岡県:糸島郡二丈町鹿家村[現在地名]二丈町鹿家吉井(よしい)村の西に位置し、筑前国の最西端にあたる。海に面し、串(くし)崎がある。唐津街道が通り、南は肥前国境を越え松浦(まつら)郡淵上(ふちのうえ)村(現佐賀県浜玉町)。「改正原田記」天正一二年(一五八四)三月一三日条に「筑前肥前の堺鹿家」とあり、高祖(たかす)(現前原市)の原田信種の先手勢は当地に陣を取った肥前の波多信時攻撃のため鹿家峠を越え、本隊と挟撃して浜崎(はまさき)(現浜玉町)に撃退している。慶長四年(一五九九)の怡土郡石高帳(二丈町誌)によれば高六九五石余。正保郷帳では田三三八石余・畠一四四石余。元禄国絵図では高四八二石余。領主の変遷は吉井村と同じ。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by