日本歴史地名大系 「鹿海村」の解説 鹿海村かのみむら 三重県:伊勢市宇治地区鹿海村[現在地名]伊勢市鹿海町五十鈴川下流左岸にあり、河岸に東鹿海(ひがしかのみ)があり、その西が西鹿海である。当地には条里制の遺構がみられ、一ノ坪・二ノ坪の地名が残る。東鹿海は鹿海船津ともいわれ、伊勢神宮の贄海神事の船が発着した(建久三年皇太神宮年中行事)。保延二年(一一三六)四月二八日の延暦寺座主宮令旨案(神宮徴古館文書)に「伊勢国宇治郷鹿海北岡浜荒地草」、同三年三月二〇日の伊勢国藤原護童子解案(妙高寺文書)に「字鹿海北岡地壱処」と記されている。鹿海北岡は建暦二年(一二一二)正月二二日の沙弥某荒野等売券案(神宮文庫蔵)に「在宇治郷鹿海北岡」とみえ、四至のうちには「限南鹿海庄田北参拾参畔」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by