麻生 路郎
アソウ ジロウ
大正・昭和期の川柳作家
- 生年
- 明治21(1888)年7月10日
- 没年
- 昭和40(1965)年7月7日
- 出生地
- 広島県尾道市
- 本名
- 麻生 幸二郎
- 別名
- 別号=不朽洞,不死鳥,江戸堀 幸兵衛,柳 一郎
- 学歴〔年〕
- 大阪高等商業学校〔明治43年〕卒
- 主な受賞名〔年〕
- 大阪府文化賞〔昭和22年〕
- 経歴
- 文筆を好み、明治37年春から川柳の道に入った。大正日日経済部長、大阪毎日新聞神戸支局員を経て大正13年「川柳雑誌」を設立、主宰。その間、柳誌「雪」「土団子」「後の葉柳」などを編集、発行した。昭和9年「きやり」創刊15周年記念号に「川柳作家十五戒」を書いた。22年大阪府文化賞受賞。大阪府文芸懇談会員、関西短詩文学連盟理事長、毎日新聞毎日柳壇選者。著書に「川柳ふところ手」「累卵の遊び」「川柳漫談」「新川柳講座」、句集「旅人」「旅人とその後の作」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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麻生路郎 あそう-じろう
1888-1965 大正-昭和時代の川柳作家。
明治21年7月10日生まれ。新聞記者,病院事務長などをつとめる。大正13年「川柳雑誌」を創刊,主宰。昭和31年関西短詩文学連盟初代理事長。昭和40年7月7日死去。76歳。広島県出身。大阪高商(現大阪市立大)卒。本名は幸二郎。別号に不朽洞,不死鳥,柳一郎など。著作に「川柳ふところ手」「累卵の遊び」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の麻生路郎の言及
【川柳】より
…2人はそれぞれ《日本》《電報》両新聞に拠って普及につとめた。剣花坊門の[村田周魚]は《川柳きやり》(1920),[川上三太郎]は《川柳研究》(1929)を発刊し,久良伎門の[前田雀郎]は24年丹若会を結成,今井卯木が1909年関西川柳社を創立,西田当百,岸本水府の《番傘》(1913),麻生路郎(じろう)の《川柳雑誌》(1924),椙元(すぎもと)紋太の《ふあうすと》(1929)が生まれるに至った。吟社の数は現在では全国800余社を数えるに至っている。…
※「麻生路郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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