日本歴史地名大系 「黒岩山城跡」の解説 黒岩山城跡くろいわやまじようあと 広島県:比婆郡口和町大月村黒岩山城跡[現在地名]口和町大月竹地谷(たけちだに)川と宮内(みやうち)川の合流点の西方約一キロの黒岩山(四五六メートル)にある中世の山城跡。黒岩城・大月山(おおつきやま)城ともいう。「芸藩通志」に「泉久勝より久正まで三世所居」とあり、泉氏三代の居城であった。泉氏の系譜などは明らかでないが、「西備名区」には信正・信行・久正の三代とある。同書によると、初代信正は尼子氏に属し、嫡子信行を人質として尼子氏の富田(とだ)城(跡地は現島根県能義郡広瀬町)に送っていたという。黒岩山山麓の松岳(しようがく)院にある「大永六丙戌年六月十九日 捐館前泉州太守春林玄勝大居士」の位牌は泉信正のものといわれる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報