黒岩涙香生家(読み)くろいわるいこうせいか

日本歴史地名大系 「黒岩涙香生家」の解説

黒岩涙香生家
くろいわるいこうせいか

[現在地名]安芸市川北 上島

川北の上島かわきたのかみじま集落にあり、家の前に細い溝が流れ、門を入ると瓦葺平家の江戸時代末期建設と推定される家が建つ。涙香は本名周六、川北村郷士黒岩市郎の次男で、母は信子。文久二年(一八六二)この家に生れた。生後すぐ伯父黒岩直方の養嗣子として入籍したが、一七歳までこの家で育った。明治一六年(一八八三)「同盟改進新聞」の記者となったのを振出しに同紙や「都新聞」などの主筆歴任。同二五年には「万朝報」を創刊して社会改良を唱えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む