黒崎教会(読み)くろさききようかい

日本歴史地名大系 「黒崎教会」の解説

黒崎教会
くろさききようかい

[現在地名]外海町黒崎下黒崎郷

カトリック教会堂。江戸時代よりキリシタンが潜伏していた地域で、慶応三年(一八六七)のいわゆる信徒発見のあと、明治三年(一八七〇)まで下黒崎の湯穴ゆあなに仮聖堂があり、大浦おおうら天主堂(現長崎市)宣教師が巡回していたとされる。同一二年黒崎地区はフランス人宣教師ド・ロ神父が司牧として担当する外海地区に含まれ、同三二年には同神父の購入していた土地などを造成して教会堂の建設を計画、同神父が設計にあたり、岩永信平神父の指導による労働奉仕で進められたが、明治政府の弾圧や資金難により進捗せず、大正七年(一九一八)にようやく着工にこぎつけ、同九年に煉瓦造ロマネスク様式の教会堂が落成した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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