黒笹村(読み)くろざさむら

日本歴史地名大系 「黒笹村」の解説

黒笹村
くろざさむら

[現在地名]三好町黒笹

現町域の北西端にあり、境(さかい)川の支流小石(こいし)川が流れ、集落の西側を現在東名高速道路が走る。北端に標高一四七・六メートルの三(さん)ヶ峰(みね)がそびえる。八幡(はちまん)池・和田(わだ)池・大力(だいぢから)池・唐沢(からさわ)池・乙部(おとべ)池の五つの溜池がある。「三好町誌」によれば、猿投(さなげ)山西南古窯跡群の一つに属し須恵器が発掘された。

近世初めは刈谷藩領、元和元年(一六一五)幕府領、寛永一一年(一六三四)岡崎藩領、正保二年(一六四五)幕府領、天和元年(一六八一)伊保藩領、宝永七年(一七一〇)刈谷藩領、正徳二年(一七一二)幕府領、享保三年(一七一八)幕府領・旗本巨勢大和守領となり、このうち幕府領は同一〇年岡崎藩領、宝暦一三年(一七六三)幕府領、文政六年(一八二三)沼津藩領、天保二年(一八三一)西尾藩領となり明治維新に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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