日本大百科全書(ニッポニカ) 「黒色素胞刺激ホルモン」の意味・わかりやすい解説
黒色素胞刺激ホルモン
こくしきそほうしげきほるもん
動物の体色変化に関係するホルモンの一種。オタマジャクシの下垂体を取り除くと体色が白くなり、この白いオタマジャクシに下垂体を移植するとふたたび色が黒く変わることが1920年ごろに発見された。この体色を黒くする有効成分は、下垂体中葉細胞で合成されることが確かめられ、黒色素胞刺激ホルモンmelanophore stimulating hormone(略称MSH)とよばれる。MSHにはα-MSH(アルファえむえすえいち)とβ-MSH(ベータえむえすえいち)の2種類がある。α-MSHは、ウシ、ウマ、ブタ、ラクダ、サルおよびサメでは種を問わずその一次構造は同じで、13個のアミノ酸からなるポリペプチドである。β-MSHは18個のアミノ酸からなるものが多いが、サメでは16個、ヒトでは22個のアミノ酸からできており、動物種によって異なった構造をもつ。しかし、α-MSHのアミノ酸配列のうち、4番目から10番目までの7個のアミノ酸の配列は、β-MSHにも共通して存在する。
黒色素胞刺激ホルモンの働きは、(1)両生類などの真皮にある黒色素胞に含まれる色素顆粒(かりゅう)であるメラノゾームを、細胞質の樹状突起の先端まで拡散させて、数分から数時間のうちに体色を黒化する(生理的体色変化)、(2)哺乳(ほにゅう)類の黒色素細胞のメラニン合成を刺激し、その結果増加したメラノゾームは、皮膚のさらに上層にある有棘(ゆうきょく)細胞に取り込まれて、数日ないし数週間かけて表皮が黒化する(形態的体色変化)などが知られている。また、MSHには、実験動物の逃避行動の学習の記憶を長引かせる作用もある。
最近の遺伝子工学的研究によると、分子量3万1000の前駆物質が下垂体中葉細胞で合成され、それが酵素により分解され、MSHやそのほかのホルモンが同時にできることが明らかにされた。
[小林靖夫]