宮部砦跡(読み)みやべとりであと

日本歴史地名大系 「宮部砦跡」の解説

宮部砦跡
みやべとりであと

[現在地名]虎姫町宮部

織田信長が元亀三年(一五七二)小谷おだに(現湖北町)攻撃に備えて、虎御前とらごぜん山と横山よこやま(現長浜市)との連絡のため、八相やあい山とともに築いた砦で、宮部善祥坊(継潤)が配された。遺構はない。善祥坊は式内社に比定される湯次ゆすき神社(現浅井町)の供衆で、初めは浅井長政の臣であったが、同年一〇月、木下藤吉郎を通じて信長に降った人物とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報