鎌倉初期に相模国大磯宿の遊女であったと伝えられる女性。《曾我物語》に曾我兄弟の兄十郎祐成の愛人として登場する。《吾妻鏡》建久4年(1193)6月1日条および18日条にその名があらわれるが,実在性は疑わしい。むしろ《曾我物語》の唱導者たちによって創作された偶像的人物とみられている。《曾我物語》によれば,曾我兄弟の仇討のときは19歳,のち64歳で死去したという。
執筆者:小田 雄三 《曾我物語》では,虎御前は曾我兄弟の死後,箱根で出家し廻国に出て,熊野その他各地の霊場を巡って兄弟の菩提(ぼだい)を弔い曾我の里に帰って一周忌を営み,のちに2人の骨を首にかけ信濃の善光寺に納めたとされる。伝説としては,兄弟を弔って諸国を廻国して没した虎御前をまつったとする虎石も多く,福島県から鹿児島県にまで分布している。また虎石,虎ヶ塚,虎石塚と称されるものの中には大磯の虎や曾我兄弟と無関係なものがあり,《本朝神仙伝》や《元亨釈書》には聖山の禁を犯して吉野山に登ろうとした都藍尼(とらんに)の伝説を伝え,高野山,立山,白山にも同様な都藍尼の登山の伝説があることからすると,虎石,虎ヶ塚などの遺跡は,本来,トラ,トラン,トウロなどと称された廻国の巫女の足跡ではなかったかと考えられている。虎御前の名は,このような廻国の巫女の系統を引く盲御前の名で,中世には箱根山を根拠地として,その信仰や物語を唱導する熊野比丘尼系の盲御前の名称となり,農村生活に深い関係のある悪霊鎮圧の物語を語りつつ廻国を続けたものと考えられる。こうした民間の信仰を背景として,《曾我物語》でも,登場人物の一人の固有名詞として用いられ,その生態が物語の中にも投影されているものと思われる。
執筆者:山本 吉左右
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東海道大磯(おおいそ)の遊女。『曽我(そが)物語』で、十郎祐成(すけなり)と契って妾(めかけ)になるが、兄弟の死後出家する。出家後、真名本(まなぼん)では、熊野、太子、吉野などを回国し、天王寺に滞留したあと、東海道を下って曽我の里で兄弟の一周忌を行い、骨を信濃(しなの)善光寺に納めたとある。流布本では、さらに上洛(じょうらく)して法然上人(ほうねんしょうにん)の法談を聴聞している。尼となった虎女が諸国を巡歴して記念にとどめたという虎が石の伝説や、また、虎女の墳墓と伝えるものは各地に多い。神奈川県大磯町延台寺の虎が石、静岡県足柄(あしがら)峠の虎子石はよく知られる。山梨県南アルプス市芦安安通(あしやすあんつう)では、虎女はこの村の生まれだといい、祐成没後は故郷に帰って没したという。また、兵庫県朝来(あさご)市の墓は、この地を訪れた虎女が足を患い没した由を伝えている。「トラ」は本来、石の傍らで修法する巫女(みこ)の呼び名であったと考えられており、石占(いしうら)などを職掌とする回国の巫女の活躍が、のちに大磯の虎に結び付いて各地に残ったのであろう。
[野村純一]
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…兄弟の死後,家来鬼王,団三郎(どうざぶろう)は出家し,虎も出家して信濃善光寺におもむいたという。兄弟の遺跡とされる地は,小田原市曾我谷津,箱根,富士市鷹岡町,富士宮市上井出をはじめ,北は東北から南は九州に至るまで全国各地にあって,きわめて多いが,虎御前という名から推測される女流の唱導者集団が全国に曾我兄弟の物語を運搬したと考えられている。鬼王・団三郎曾我物虎御前【山本 吉左右】。…
…その向い側の精進(しようじん)池の池畔には多田満仲の墓と称する大宝篋印塔(ほうきよういんとう)(正安2年8月21日供養導師良観上人(忍性)銘)や二十五菩薩と呼ばれる石仏群(永仁元年(1293)8月18日銘)がある。ほかに芦ノ湯に近い所に曾我兄弟ならびに虎御前の墓と伝える3基の五輪塔(うち1基に永仁3年12月銘)もあり,これらの石仏群は国の史跡に指定されている。この場所にこうした石造仏群がつくられたのは,鎌倉後期にこの地を〈六道の辻〉と考え,ここを死出の山への入口とみていたからかもしれない。…
…深大寺の開山にまつわる伝説では,満功上人の祖母の名として虎という女性があらわれる。曾我十郎の愛人の大磯の虎(虎御前)や吉野山や立山の都藍尼(とらんに)の伝説を考え合わせると,この虎も巫女的な女性ではなかったかと思われる。すなわち,満功上人と虎との間には高僧・神童とその母,神とその育ての母の巫女といった関係があったものと思われる。…
※「虎御前」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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