20世紀西洋人名事典 「P.ラーバント」の解説
P. ラーバント
Paul Laband
1838 - 1918
ドイツの公法学者。
元・ケーニヒスベルク大学教授,元・シュトラスブルク大学教授。
ブレスラウ生まれ。
1864年ケーニヒスベルク大学教授を経て、1872年シュトラスブルク大学教授を務める。その間、エルザス州上院議員やエルザス・ロートリンゲン州下院議員として活躍する。法制史や取引法を経て、論文「プロイセン憲法規定による予算法」(1871年)を契機として国法学に進出し、ビスマルクの厚い信任を得る。ゲルバーの主張を継承、発展させ、政治的、社会学的、形而上学的考慮を排し、実定法の純粋理論として公法理論を体系化することに努める。ビスマルク時代のドイツ公法学界を支配し、ドイツ帝国の体制擁護の政治的機能を果たす。
出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報