ニケーア公会議(読み)ニケーアこうかいぎ(その他表記)Concilium Nicaenum

旺文社世界史事典 三訂版 「ニケーア公会議」の解説

ニケーア公会議
ニケーアこうかいぎ
Concilium Nicaenum

小アジアのニケーアニカイア)で開催された宗教会議。325年と787年に開かれた
【第1回会議】325年コンスタンティヌス1世が召集。313年のミラノ勅令で公認されたキリスト教教義上の不統一があり,特にイエスが神と同質・同格であるとする三位一体説派(のちのアタナシウス派)と,イエスを神に最も近い人とするアリウス派の説とが鋭く対立し,アタナシウス派が正統と認められた。キリスト教会内でこれが教義として確立するのは,381年のコンスタンティノープル公会議のときである。なお,アリウス派は,その後ローマ帝国を逃れてゲルマン諸族への布教につとめた。
【第2回会議】第7回公会議として787年に開催。聖画像(イコン崇敬可否が論議され,聖画像崇敬を偶像崇拝とする説はしりぞけられた。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

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