常世神
とこよのかみ
7世紀の中ごろ、人々が富と寿(いのち)をもたらすと信じ祀(まつ)った神。644年(皇極天皇3)7月、富士川のあたりに住む大生部多(おおふべのおお)は、橘(たちばな)やホソキにみられる蚕に似た緑色の親指ほどの毛虫を常世神だといい、この虫を祀れば富と寿が与えられると説いた。また巫覡(ふげき)も託宣により貧乏人に富、老人に若さが与えられるとしたので、多くの人々はこの虫を祀り供物を捧(ささ)げ、歌い舞って常世神のもたらす福(さいわい)を求めた。この大流行は、秦河勝(はたのかわかつ)が大生部多を人を惑わすとして打ち据えたことで終わりを告げたと『日本書紀』は伝えている。この神の性格については道教信仰によるもの、反対に固有信仰によるものなどの見解がある。その祭りに巫覡が関与し、民衆が熱狂的に歌い舞いながら祀ったという行動様式は、平安時代の志多羅(しだら)神のそれに共通するものがあり、日本における宗教的民衆運動の一つとして位置づけられるものである。
[西垣晴次]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の常世神の言及
【常世国】より
…〈トコ〉の音がソコ(底)の音と結合して,常世国とは本来,海底までも続く地下の国,死者や祖霊の国でもあった。《日本書紀》皇極天皇条には貧者を富ませ老人を若返らせるという〈常世神〉の信仰が東国で流行したことが記され,《万葉集》にも〈トコヨ〉とか〈常世国〉が数多く詠み込まれているところからみて,常世国は永遠の生命と豊饒をもたらす祖霊の国としての,原始的な理想郷と考えられていたようである。それは日常生活の中から想像された,さまざまな願望と富とを託されたユートピアであった。…
【流行神】より
…流行しないときは,名もない小祠としてひっそりまつられているが,突然として流行すると,門前市をなすありさまとなったのである。 古代社会の代表的な事例は,7世紀の皇極期に現れた常世神(とこよがみ)である。東国の富士川のあたりに生じ,諸人の熱狂的な信仰を集めた。…
【虫】より
…虫の字は虺の古文として用いられて〈キ〉と読み,元来はヘビ類の総称であるという。昆虫は蟲と書くのが正しく,蟲豸(ちゆうち)は肢のあるむしで,肢のないものが豸(ち)である。中国ではトラを大蟲といったように,〈虫〉は今の動物分類学上の昆虫のみではなく,虫偏のつく漢字の示すように動物の総称に用いられた。 日本ではもっぱら地表をはう種類に対してこの文字を用い,〈むし〉または〈はうむし〉と称した。大祓の詞に〈昆虫の災〉というのは作物の害虫や人体寄生虫に悩まされることが多かったからで,蛇もまた虫の一種であった。…
※「常世神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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