アターベク(その他表記)atā bek

改訂新版 世界大百科事典 「アターベク」の意味・わかりやすい解説

アター・ベク
atā bek

セルジューク朝時代に君主の子息の養育にあたった者の称号。主としてトルコ人のマムルーク(奴隷軍人)出身のアミールがその任に就いた。父親に代わって子息に対して全権をゆだねられ,子息に与えられたイクターを管理したり,父親の死後は,その子の母親と結婚することもあった。セルジューク朝の衰退後,ファールス,アゼルバイジャンなどではアター・ベクが実権を握り,アター・ベク諸王朝を開いた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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