改訂新版 世界大百科事典 「エルガステリオン」の意味・わかりやすい解説
エルガステリオン
ergastērion
〈仕事場〉を表す古代ギリシア語。そこで営まれる仕事の種類や規模にかかわりなく使用されるが,経済史のうえでは,(1)アテナイのラウリオン銀山における選鉱場,(2)同じくアテナイの比較的多数の奴隷を使役する手工業の製作場のいずれかに意義を限定して用いることが多い。なかでも(2)の意味が,19世紀末以降ドイツの学界を中心に活発に論議された,古代ギリシア・ローマにおける経済の発展をいかに評価するかの問題との関連で重要である。この種の手工業製作場について,史料的に規模・構造の確かめられるのは,前4世紀の数例に限られる。それによれば,使役奴隷数は10人程度から100人以上におよぶ。独立の建物を欠き,主人の住居内で働く奴隷がエルガステリオンの実質をなした例が多かったと考えられる。エルガステリオンの所有者は,富裕な市民もしくは在留外人(メトイコイ)で,市民の場合,彼らは財産の一部を手工業奴隷の購入にあて,有能で信頼のおけるそのうちの一人に仕事場の監督をゆだねて,できれば日々,一定額の収益を監督奴隷から受け取るのを理想の経営形態としていたらしい。そのあり方はヨーロッパ中世の手工業者とも,近代の工場経営者ともすこぶる異なり,古代市民の特徴がよく反映されている。
執筆者:伊藤 貞夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報